フランチャイズの競業避止義務とは?引き抜き行為は違反?

フランチャイズは、フランチャイズ本部が作り上げたビジネスノウハウやサービスをフランチャイズ加盟店に提供します。フランチャイズ店舗はビジネスノウハウを学び事業を行います。そのため、極端な言い方にはなりますが、ビジネスノウハウを身に着けてしまうと、フランチャイズ加盟店のオーナーは自分で同じ事業をできてしまいます。

もちろん、それではロイヤリティを受け取れないフランチャイズ本部とロイヤリティを支払っている他のフランチャイズ加盟店にとって不利益になってしまいます。

この不利益を防ぐためにあるのが、“競業避止義務”になります。競業避止義務の遵守を重視しているフランチャイズ本部は多く、これからフランチャイズ加盟店オーナーになろうとする方は概要や詳細を理解しておくことが必要です。

そこで、今回の記事では競業避止義務についての概要や目的などとあわせて、フランチャイズ加盟店における競業避止に該当する判例を紹介します。さらに事業に大きなダメージを与える従業員による顧客の引き抜きについて解説するので、ご参考ください。

競業避止義務

競業避止義務

フランチャイズ加盟店になろうとするオーナーは競業避止義務の理解は必須です。競業避止義務の内容を理解していないと、思わぬ時に事業継続が危ぶまれる事態におちいることがあります。そのため、知識として正確に身に着けた上で具体的に実務面において必要な対処が求められます。

競業避止義務とは

一般的な競業避止義務とは、事業主や会社で働く役員や社員などが自身の所属する企業の事業に対して競業する行為(転職や会社立ち上げや近年では副業などを含めます)を禁止する義務を言います。

競業避止義務は、企業の利益を“不当な侵害”から守ることが目的になります。経営に重要なものは“ヒト・モノ・カネ”と言われていましたが、現在ではここに“情報”が加えられています。つまり、ビジネスにおけるナレッジやノウハウなどの情報が現代の事業を成功させるうえでその重要性が増してきている表われと言えます。

また、顧客情報や取引先情報などの機密性の高い情報についても競業避止義務によって守られており、情報漏洩防止の観点でも必要性があると言えます。

なお、競業避止義務は在職中にどのような情報に接するかによってその義務の範囲や万が一違反した場合の影響の大きさが変わってきます。

●社員の競業避止義務

会社に勤める社員は、労働契約法を根拠として競業避止義務を負っています。そのため、雇用契約や就業規則に競業避止義務について定めがない場合であっても、競業避止義務を負うことになります。

労働契約法では、労働者と使用者に“信義に従い誠実に、権利を行使し、および義務を履行しなければいけない”と規定しています(労働契約法第3条第4項)。この規定を根拠として、社員は競業避止の義務を負うことになります。

なお、パートタイマーやアルバイトスタッフについても社員同様に労働者に含まれるため、その接する情報の重要性の重軽は異なるものの競業避止義務を負います。

仮に、雇用契約や就業規則に定めがある中で社員が競業避止義務に違反した場合には、契約や規則違反と共に労働契約法違反となります。違反によって企業が受けた損害の大きさに応じた“処分”と“損害賠償請求”を行う権利が企業にはあります。

処分とは、解雇を含めて懲戒処分を行うことができます。懲戒解雇になった社員は、解雇によって職を失ったうえに退職金の減額や支給が行われない処罰になることもありえます。

また、損害賠償請求とは不当行為によって受けた企業が受けた損害を、不法行為を行った相手に賠償の補償を求めることを言います。前述のとおり、競業避止義務違反は労働契約法違反になるため、そこで損害が発生した場合*には競業避止義務違反をした人物は損害賠償請求を受けることになります。

*なお、不法行為に該当するのは故意や過失によって行われた不法行為によります。そのため、故意や過失が全くない場合には競業避止義務違反行為はあっても損賠賠償請求を行うことはできません。

●役員の競業避止義務

法人には取締役などの役員がいます。役員は、社員と比較すると経営に影響を及ぼす重要な情報に知りえる立場にいます。そのため、一般的には役員の競業避止義務の遵守は社員の遵守より重要になります。

取締役には、“競合および利益相反取引の制限”が定められています(会社法第356条)。そのため、取締役が自己の利益などを目的として他の会社との取引や契約などを行おうとする場合、「事前に株主総会や取締役会での承認を得なければいけない」と詳細に定められています。

退職後の競業について

労働契約による社員と企業の関係は、退職によって終了することが一般的です。そして、憲法法では職業選択の自由が守られています。退職した社員が同業他社に転職することを制限することは公序良俗に違反するため、無効化されます。

一方で、競業避止義務の根拠には労働契約法の他にも不正競争防止法があります。不正競争層防止法では、企業の事業上の営業秘密を不正に使用することや不正な方法で取得した情報の利用が禁じられています。不正競争防止法によっても、企業は事業上のナレッジやノウハウの流出は保護されています。

●不正競争防止法概要

事業における基幹情報の漏えい事案が多発しています*。記憶に新しいのは、ベネッセホールディングスの業務委託先から顧客の個人情報が約2億件漏えいした事案になります。

漏えいのルートは内部からになります。主な情報漏えいの原因は、現職従業員などのミスによる漏えいが最も多く、以下の主要4項目で87.6%と大半を占めています。

・情報漏えいの原因

漏えい原因 構成比
現職従業員などのミスによる漏えい 43.8%
中途退職者(正規社員)による漏えい 24.8%
取引先や共同研究先を経由した漏えい 11.4%
現職従業員などによる具体的な動機を持った漏えい 7.6%

不正競争防止法では、営業秘密が保護されています。営業秘密とは、“秘密として監理されている生産方法、販売方法その他事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないものを言います(不正競争防止法第2条第6項)。

営業秘密として保護される情報は具体的に以下の3要件を満たしている情報です。

営業秘密として保護される情報

①秘密管理性…企業として秘密の情報として監理されていること

企業が秘密として監理する意思が、具体的な秘密管理措置として従業員などに明確に示されている必要です。この具体的な措置を通じて、従業員などが秘密管理意思を認識できる状態を確保する必要です。

情報に接する従業員などに秘密だと示せる措置で示されている例示は以下になります。

  • ・紙やフロッピーディスクなどの電子記録媒体への「機密情報」表示
  • ・金型などの化体物のリスト化
  • ・秘密保持契約などに対象の特定を盛り込む

②有効性…有用な営業上または技術上の情報であること

該当する情報自体が、客観的に事業活動に利用されることで生産性を改善するなどの経営効率の改善などに有用であることが必要です。但し、実際に利用されているかどうかは問われてはいません。具体的には、製法や製造・販売マニュアルや取引先・仕入先リストや顧客名簿などになります。

③非公知性…公然と知られてはいないこと

一般的に知られていない、もしくは入手することができず、保有者の管理下にあることが必要です。なお、偶然にも別の事業者が同じ情報を開発・保有した上でその情報を秘密して管理している場合には非公知として取り扱うことができます。一方で、自社としては非公知の情報として取り扱っていても別の事業者が公開している場合にはその情報は非公知として認められません。

*経済産業省:『営業秘密の保護・活用について』を参照

●フランチャイズ事業における営業秘密

フランチャイズ事業の営業秘密には、大きくビジネスノウハウと顧客情報などがあげられます。

ビジネスノウハウとは、マニュアルや商品・サービス自体が該当します。マニュアルなどは研修などの営業指導書などの書面に落とされているものは当然として口頭での指示などの書面に落とされていないものも含まれます。

顧客情報などは、顧客や仕入れ先や取引先や加盟店情報などがあります。顧客情報などもリスト化されているものはもちろん、リスト化されていない情報も含まれます。

競合避止義務が有効となる場合

前述のとおり、従業員が退職すると雇用契約が終了します。また、すべての人は職業選択の自由が守られています。また、実際の転職では今までの経験やキャリアを活かすために同業の企業に転職先を候補とすることは少なくありません。

一方で、退職した社員がフランチャイズ事業において得たナレッジやノウハウを活用してサービスや店舗を立ち上げることは許されるのでしょうか。また、競業他社に転職して、前述の不正競争防止法によって守られるべき営業秘密が開示され利用されることは許されるのでしょうか。

結論としては、事案ごとに判断が分かれています。つまり、企業の営業秘密が守られる場合も個人の職業選択の自由が守られる場合もあります。どのような場合に競業避止義務が守られるのかの理解が必要です。

●経済産業省のとりまとめ

上記のとおり、“職業選択の自由”と言う個人の選択の保護と、“競業避止義務”や“不正競争防止”などの企業の保護のバランスを明確にするために経済産業省は『競業避止義務契約の有効性について』をまとめています。

この資料は、平成24年度の瑩山産業省による委託調査での『人材を通じた技術流出に関する調査研究』の有識者による委員会において、関連する50以上の判例を討議した内容の報告書をもとに作成されています。

この資料では、昭和45年10月23日の奈良地判での競業避止義務契約の有効性が紹介されています。この判例では、競業避止義務契約を『債権者の利益、債務者の不利益および社会的利害に立って、制限期間、場所的職務範囲、代償の有無を検討し、合理的範囲において有効』としています。

有効性判断の上でベースとなるのは、競業避止義務契約が労働契約に対して適法に成立しているかです。労働契約上で違法の場合、競業避止義務契約の有効性は認められません。そのため、就業規則について入社時点で遵守することを従業員の包括同意の誓約を取得した上で、書面上だけでなく周知を行う運用を取っておく必要があります。

そのうえで、さらに競業避止義務を有効にする6つのポイントがあります。

●競業避止義務契約の有効とする6つのポイント

競業避止義務契約の有効とする6つのポイント

①守るべき企業の利益がある

守るべき企業の利益の代表的なものは、前述の『営業秘密』になります。その他にも企業や事業の運営を差別化できるノウハウやナレッジを含みます。これらが、他社の運営する事業で利用されることで、元々の情報を開発・保持していた企業の利益を損なうかどうかが判定基準になります。

簡単な例として、自社オリジナル商品を販売していたが、他社がその製造方法を不正に入手して類似商品の販売を開始したとします。この類似商品の販売によって、もともとのオリジナル商品を販売量が半減したとします。この場合には、オリジナル商品を販売していた事業者は、類似商品の販売開始により販売量と売上が半減した影響を受けたことになり、守るべき利益が損なわれたことになります。

②従業員の地位

会社が守るべき利益に接する機会のあった従業員の地位にあったかがポイントになります。もし、会社が守るべき利益に対して接する機会のない従業員にまで競業避止義務を課したとしてもその有効性は認められません。社内の業務内容や職種などによって限定することも必要になります。

あくまで、競業避止義務契約が有効になるのは、会社が守るべき利益に接する立場にある従業員になります。そのため、役員だから全ての競業避止義務契約が有効になるわけでなく、会社の守るべき利益に触れる機会が無ければその有効性は認められません。

③地域的な限定

会社が守るべき利益には、商圏が影響します。例えば全国展開しているフランチャイズと限定した地域のみで展開している事業者では、その範囲に差があります。従業員の立場と同様に、会社の守るべき利益に影響のない地域では、その競業避止義務契約の有効性が認められないケースが発生します。

業務の性質や商圏などによって、合理的な地域設定がされていることが競業避止義務契約の有効性には必要です。

④義務の存続期間

競業避止義務契約の存続期間は、合理的に設定する必要があります。存続期間が長すぎると、職業選択の自由に対して過剰な制限をかけることとなり労働者に不利益となるためです。そのため、事業上の特徴や企業の守るべき利益を保護する合理的な期間であるか判断が必要です。

競争と変化の激しい情報化社会において、情報の価値は高まっていく一方で情報の陳腐化の速度も早まっています。そのため、1年前は最新でかつ誰も認知・活用していなかった情報も、そこから1年経過することで広く一般的に認知・利用される情報へと変わることは一般的なことです。

企業の情報も同様で、過去の情報であればあるほどその守るべき利益は少なくなっていくものもあります。一般的には、半年から1年の期間は実際に競業避止義務の有効性が認められた判例もありますが、2年を超えた存続期間は有効性が認められにくくなります。

⑤禁止する競業行為が必要な制限になっていること

競業避止義務は、“競合企業への転職禁止”といった広範囲かつ抽象的な禁止行為の指定だけでは有効性が認められない場合が多くなっています。

より詳細かつ具体的な禁止行為の指定によって、禁止範囲の合理性を高める必要があります。『在職中の担当業務によって知りえた営業秘密やノウハウや顧客・取引先などを活用する競業行為を禁止する』と言う範囲を限定してより具体的な指定とすることで認められる有効性が高くなります。

⑥代償措置が講じられていること

代償措置とは、みなし代償措置を含めた競業避止義務を課す対価を言います。在職中の厚遇措置や退職後の独立支援制度などが一般的な業況避止義務に対する代償措置となります。

代償措置がない、あるいは代償措置と競業避止義務のバランスが大きく異なる場合などは有効性が認められにくくなります。

競業避止義務に該当する判例と対応策

競業避止義務に該当する判例と対応策

ここでは、実際の同業種への転勤や起業、または取引先への転職などの判例の事象を見ていきます。判例は、裁判所が特定の事件に対して下した判断です。一般的に判例は、同様の事件が裁判される際には先例として扱われます。そのため、判例のポイントを抑えて実務や契約書の約款などを作成・修正することでより裁判に強い体制を構築できます。

競業避止義務を争った判例

知っておきたい判例は以下の2つの判例になります。

  • ・同業他社への転職
  • ・競業事業を実施する新会社への転職

●同業他社への転職

従業員が退職することで動労契約に基づいて競業避止義務が認められ、退職後には個別の誓約書などを取り交わす必要があります。誓約書を取り交わすことで、退職後の競業避止義務の合意を明確にできます。

≪判例概要≫

数年間の店長として店舗運営を行った経験を持つ従業員が、退職後すぐに競合他社に転職しました。それを受けて、元従業員を雇用していた企業が元従業員を“競業避止に基づく損害賠償請求を裁判所に提訴しました。

≪判決概要≫

元従業員が退職後期間を開けることなく転職した先が競合他社であること。元従業員が元店長であったため店舗の運営方法や宣伝広告による集客手法や販売方法や人事戦略などに関する知識・ノウハウなど営業秘密に該当する情報を持っていたこと。これらを受けて『競業避止義務を課す』合理性が認められました。

その結果、この元従業員に対して退職金の半額と賃金1ヶ月分の相当額を上限に損賠賠償請求が認められました。

●競業事業を実施する新会社への転職

企業における取引先は事業を継続するうえで欠かせないパートナーになります。また、取引条件が変われば、売上や利益に直結する影響が発生します。

そのため、競争相手ではありませんが取引先への転職する場合も企業の利益に影響を与える対象と考えられます。

≪判例概要≫

企業の支店長が競合企業を設立に関連し、企業の従業員をこの新規設立会社への移籍を勧誘しました。従業員には、“得意先”と言われる取引先企業がいたため、移籍先の会社へその取引先との契約も奪われる結果となりました。これに気づいた支店長や従業員が在籍していた企業は、この支店長ならびに移籍した従業員に対して懲戒解雇と退職金不支給と損害賠償請求のために提訴を行いました。

≪判決概要≫

この元支店長に対して懲戒解雇と損害賠償は認められましたが、退職金不支給は十分な周知が認められなかったため無効となりました。

原告である会社は、従来の取引を継続することが守るべき利益でした。しかし、取引先との関係性は従業員個人が構築した信頼関係によって継続される面もあります。従業員が他社に移籍したことで、取引先がそれについていく場合には、この従業員個人が構築した取引先との信頼関係によるところが大きいとは判断されます。そのため、営業秘密には該当しないと判断されます。

また、このように従業員個人と取引先との関係が強固である場合には、会社としても従業員の退職を防ぐべく各種手当を厚くするなどの対応をとることが妥当であるとされました。その結果、退職従業員についての競業避止義務規定は適用されない判決となりました。

これら以外でも複数の判例がありますが、法律の専門的な知識がない中で判例はあくまで参考例とすべきです。実際に契約書作成を行う場合や、フランチャイズ加盟店オーナーになるべくフランチャイズ契約内容を確認する時には専門知識を持つ弁護士などに相談することを推奨します。

企業としての対応策

会社の守るべき利益のために、企業の取るべき対応策について解説します。従業員からすると、競業避止義務はその行動を規制される点で負担が強いられる事項です。一方で、フランチャイズ加盟店のオーナーは経営者になります。自分の事業や起業の守るべき利益のために常に最適な対策を行じていく責任があります。

競業避止義務を従業員に適切に遵守させるために企業がすべき事項は3つあります。その3つとは、以下の事項になります。

  1.  適切な誓約書を作成する
  2.  就業規則に守るべき情報をできるだけ明確に規定して従業員に周知する
  3.  誓約を結ぶ

●適切な誓約書を作成する

誓約書とは、記載された事項を守ることを誓うための書面です。ここで守ることを誓う事項は、会社の一員として営業秘密などの重要な情報や会社で知りえた情報について外部に漏らさないための秘密保持義務と競業避止義務になります。この秘密保持義務と競業避止義務が混合された誓約書が一般的です。

秘密保持義務とは、従業員がその職務中に知りえた企業秘密を外部に流出させてはいけない義務を言います。秘密保持義務は、一般的な労働契約の内容として守秘義務を課すことは認められています。

この秘密についても営業秘密と同じく、3点の要件があります。

✓企業が秘密として取り扱い・管理している情報
✓秘密とするだけの重要性や価値がある
✓非公然のものである

適切な誓約書の作成においては、過去の秘密保持義務や競業避止義務についての判例を参考にしながら専門家の手を借りて作成することが必要です。専門家の力を借りるとコストがかかりますが、利益に関わる情報を外部や競合他社に渡さない予防策であり、不適切な形で誓約書を作成し、いざとなって競業避止義務が無効と判断される事態も起こりえます。

●就業規則に守るべき情報をできるだけ明確に規定して従業員に周知する

競業避止義務の有効性を高めるためには、雇用契約や就業規則に明確に規定していくこととその内容を周知していくことが必要です。また、その有効性を高める以上に従業員が営業秘密の重要性を理解して適切に利用し、作業ミスによる流出や意図的な外部漏えいなどを行わないためのリスクヘッジとしても重要になります。

●誓約を結ぶ

誓約を従業員と結ぶ際には、その内容を理解させるために丁寧な説明が重要です。理解していない状況下で誓約書を取得しても重要な情報を秘密にする目的の役には立ちません。どんな情報が守るべき情報か、情報を守るためにどのような行動をすべきか、もしくはどのような行動が禁止されているかといった内容を従業員が理解する必要があります。

なお、誓約書は入社時と退職時の2つのタイミングで取得します。競業避止義務は、退職後の転職や独立によって問題が発生するケースが大半です。しかし、前述のとおり秘密情報の漏えいの43%は『現職従業員などのミスによる漏えい』です。そのため、入社時に情報漏えいなどを起こしてしまった場合には、守秘義務違反やその内容によっては競業避止義務違反に該当することがあることを入社時点で理解させることは重要です。

また、入社時点で取得していないと従業員から一方的な連絡によって退職が発生するケースや会社とのなにがしかのトラブルによって退職するケースでは誓約書を取得することができなくなることがありえます。取り損なうリスクを回避するためにも入社時の誓約書取得は有効です。

一方、「入社時に誓約書を取得しているから退職時に再度取得する必要性はない」という訳ではありません。退職後には雇用契約も終了するため、従業員だった相手をコントロールするすべはなくなってしまいます。しかし、営業秘密など重要な情報は、従業員にとって利用価値があるものです。

そのため、改めて退職時に誓約書を取得することで競業避止義務を認識させ、賠償責任があることを再認識させることは有効です。

顧客の引き抜きトラブル

顧客の引き抜きトラブル

商売をしているうえで大事なものを一つが“お客様”です。また、継続的に自社のサービスや商品を購入・利用してくれる顧客は会社や事業にとって大事な資産と言えます。

そのお客様を転職した元従業員に奪われてしまういわゆる“顧客の引き抜き”は、経営的にも心情的にも大きなダメージがあります。顧客リストは当然営業秘密に含まれていますが、顧客の引き抜きは直接的にも間接的にも以下のように経営に大きなダメージを与えます。

顧客の引き抜きによる経営へのダメージ

  • ・顧客を失い、売上が減少します。
  • ・売上に連動しない費用(固定費)が多い場合には、売上に対して費用が大きくなってしまい、収益率が悪化します。
  • ・顧客を取り戻そうとする場合には、相手より好条件を提示する条件競争になってしまい、仮に取り戻せたとしても取引条件が悪化します。
  • ・引き抜き行為やその後の対応で、自社に残っている従業員と顧客に“引き抜きトラブル”の情報が広まることで会社としての信用が低下し、かつ社内でのモラルが低下するよう要因となります。

一度顧客引き抜きのトラブルが発生すると、その収束までには時間も費用もかかります。事態の収拾後もトラブル以前の状態に戻すことも必要です。そのため、会社経営の上では引き抜きトラブルを発生させないための対策を優先的に講じる必要があります。

当然、フランチャイズ本部やアドバイザーからも顧客の引き抜きに対する対策について助言をもらう機会はあります。しかし、大事なことは自ら知識を学習して、フランチャイズ本部のアドバイスと合わせて自ら対策を講じていくことになります。

具体的な対策方法

具体的に、従業員が競合他社や競合事業を実施することを禁止するためには専門知識が必要です。すでに解説のとおり『競合他社への就職、競合する事業を営む』と言うことを禁止することでは、競業避止義務が無効とした判例*があります。

場所や期間を限定したとしても退職者の職業選択の自由が優先された形ですが、この傾向は継続されるとみるべきで、顧客の引き抜きなどの会社の利益を特定・限定したうえで個人の自由を守りつつ競業避止義務に関する事項を適切に定める必要があります。

もちろん、顧客の引き抜きについても対応策はとることができます。ポイントは、顧客に絞った禁止事項を定めることにあります。顧客に絞ることで、個人の職業選択の自由を制限することにはならなくなります。

*東京高等裁判所平成22年4月27日判決では、ビル管理業社に対して退職後1年間の競業避止義務を無効とする判決となりました。また、大阪地方裁判所平成24年3月15日の判決では、人材派遣業社に対して退職後半年間は場所の制限がなく、その半年後からの2年間については指定された地域での競業を禁止した条項が無効であるとの判決がなされました。

●顧客との取引を禁止する

顧客との取引の禁止とは、在職中の会社で取引のあった顧客に対して退職後の一定期間は取引を禁止することを言います。

具体的な条項例は以下のようになります。

従業員が退職をした場合には、その退職した日から2年間は在職時に担当していた顧客に対して、会社の事前の許可なく商品・サービスの販売を実施することができないこととする。

このような条項を設けることで、有期限にはなりますが顧客の引き抜きが禁止されることになります。また、“事前の許可なく”とすることですべてを禁止することなく臨機応変に状況に応じた対応を行うことも可能です。

●顧客リストの持ち出し禁止

退職後はもちろんですが、在職中についても顧客・取引先リストの持ち出しを禁止することで自身だけでなく転職先や立ち上げた会社での顧客・取引先の引き抜き連絡などができないようにします。

この顧客リストの持ち出しでデータや紙でのリストの流出と共に注意することは当然として、その他に携帯電話や名刺についても注意が必要です。外出の多い営業社員などは携帯電話で連絡を取り合うことも多く、顧客と直接連絡が取れる携帯電話の登録は重要な顧客リストになります。

携帯電話は会社で契約したものを利用させ、帰宅時には会社に保管するなどの管理を徹底する必要があります。情報管理の観点から個人の携帯電話を顧客・取引先との連絡に使用することは禁止しておく方が賢明です。

顧客の名刺については、退職や部署移動で必要がなくなった時点で会社が預かって管理しておく規定と運用が必要です。

具体的な条項例は以下のようになります。

従業員は、顧客情報(氏名、住所、電話番号、メールアドレスなど)や顧客との取引情報(契約条件、取引履歴、取引金額など)など顧客に関わる情報は全て機密情報であることを理解する。その上で、在職期間中ならびに退職後において会社の業務以外の目的で利用することを禁止します。また、会社の許可なく顧客リストなどの情報を外部に持ち出す事を禁止します。

顧客リストは、適切な利用方法を社内に周知・徹底させ、過失の有無に関わらず本人や第3者の利用されることを回避していきます。

●顧客との取引とリストの持ち出しを禁止する複合的効果

在職期間中も退職後も、業務中で知りえた顧客は起業の財産であることを社内に徹底し、取引の禁止で退職者の自己の利益のための顧客の引き抜きを回避し、リストの持ち出しや適切な利用を徹底することで流出による転職者以外の第3者による顧客の引き抜きも回避する対策を講じていきます。

顧客引き抜き対策の抑えるべきポイント

顧客との取引の禁止ならびに顧客リストの持ち出しの禁止ともに、その禁止事項を有効にするためのポイントがあります。ポイントを押さえることで禁止事項が有効になり、従業員が警戒しかつトラブルが発生した際に損害賠償などの次の手段を講じることができます。

●顧客との取引禁止のポイント

顧客との取引禁止のポイントも、競業避止義務の有効性を高めるポイントと原則は同じであり、個人の職業選択の自由といった個人の自由を必要以上に制限しないために期限と具体的な範囲を設けることが必要になります。

✓禁止期間の設定

顧客との取引は、無期限で禁止することは必要以上の制限と見なされその有効性が認められない原因になります。顧客との取引禁止の期間は、1年~2年に設定することが一般的です。

✓取引禁止対象を限定する

経営者からすると、全ての顧客が引き抜かれたくない対象になります。そのため、取引禁止の対象は自社の全ての顧客としたいところです。しかし、それは対象が必要以上に広いと言う判断になり、有効性が損なわれます。必要以上に禁止範囲が広くなると、転職者が知らない取引先が元の会社の顧客である可能性も発生し、正当な競争を損なうことになりえます。

そのため、取引禁止対象は在職中に自身が担当した顧客に限定することが有効性を高めるポイントです。在職中の担当顧客は関係性が醸成されており、元担当が転職した先の企業の商品・サービスを営業する可能性が最も高い顧客と言えます。その顧客との取引を限定的に禁止することは道理にかなうこととあわせて必要最低限の禁止対象と言えます。

✓顧客への“営業行為”と“取引”を禁止する

退職者が顧客を引き抜くためには、営業行為が不可欠です。そのため、顧客の引き抜きを防ごうとする場合には、営業行為を禁止します。しかし、営業行為を禁止するだけでは顧客側からのアプローチによって取引が開始する形で引き抜きを実行される可能性が残ります。

そのため、顧客への営業行為とあわせて顧客との取引自体も禁止します。こうすることで、どんなアプローチの形式であっても退職者は定められた期間においては顧客との取引ができなくなります。

また、営業行為を禁止しておくことで禁止されている顧客との取引はしないものの顧客にグループ会社などがある場合にはそのグループ会社を介して転職先の会社との取引を開始する実質的な引き抜きへの対策を講じることになります。

●顧客リストの持ち出し禁止条項

顧客リストの持ち出し禁止は、顧客との取引禁止条項では制限の対象にしていない退職者が担当した顧客以外の顧客へのアプローチを防ぐことを目的に条項を規定します。

退職者が担当していない顧客ではあるものの。「以前の〇〇(勤務していた会社名)ではお世話になっておりました。今回、わたくし転職致しましたので、ご挨拶をさせて頂きたくご連絡いたしました」といったアプローチ方法で接触を測ることができます。

当然、連絡を受けた顧客は現在取引のある会社でお世話になったと言われるとむげに断れず、挨拶の時間程度は時間を空けることになります。アプローチを行った退職者の目的はあいさつではなく、自社商品やサービスの営業・商談になるので、商談がまとまってしまえば顧客の引き抜きが実行されてしまいます。

商談がまとまらなかった場合でも、退職者が以前の会社名を出して営業を行えば、情報漏えいなどのガバナンス面で顧客を不安にさせてしまいます。

これらの顧客全般へのアプローチを防ぐために、顧客リストの持ち出しを広い範囲で禁止します。顧客リストの持ち出し禁止についても有効性を高めるためのポイントがあります。

✓情報の範囲を具体的に規定する

禁止される持ち出し禁止の情報は何か、が従業員に分かるように情報の範囲を具体的に指定して規定します。

例えば、『業務上知りえた情報』と言う広範囲の指定では具体的とは認められず、従業員としても何が禁止行為に該当するのかが理解しにくくなります。裁判所で有効性が認められるためにも、実際に従業員に遵守させるためにも対象は具体的である必要があります。

具体的にする上では、顧客リストとは何かを規定します。社会的に規定されている顧客情報や個人情報を活用すると抜け漏れを防ぐことができます。

✓無期限の設定をする

顧客リストを含めた意図的な情報漏えいを禁止することは、企業として義務と言えます。顧客リストには個人情報などが含まれている場合も多く、漏えいリスクを最小化する責任が企業にはあります。

情報漏えいを禁止することに関連する顧客リストの持ち出し禁止に期限を設けることが適切ではないと考えられます。そのため、顧客リストの持ち出し禁止についての期限を設ける必要はありません

✓情報セキュリティ体制を構築していく

日頃の業務中などの情報漏えい対策としての情報セキュリティ体制を講じて、顧客リストを持ち出すことが困難な状況にしておくことが必要です。逆に言うと、持ち出し禁止の誓約だけさせて、顧客リストなどが物理的に簡単に持ち出しできてしまう状態にしておくことは企業の姿勢が問われます。

パソコンなどの通信機器を活用すれば、情報セキュリティを講じていない状況下ではデータ化された顧客リストは簡単に外部への持ち出しができます。そして、持ち出しされたデータは転職者本人が活用することもありますが、顧客データや個人情報として売買の対象ともなりえます。

不特定多数に顧客データが所有されてしまうと、企業としては責任問題となり、引き抜き以上の深刻な経営上のダメージを負うことにもなりかねません。そのため、情報漏えいに対する対策を講じておくことは、経営上で必須事項と言えます。

情報セキュリティ体制を構築することは、継続的な取り組みになります。そのうえで、取り組むべき事項は大きく以下の3点になります。

  • ・『情報取り扱いガイドライン』や『パソコン利用規定』などを整備すること
  • ・ガイドラインや規定に沿った業務フローや運用やシステムの設計・整備
  • ・社員への情報セキュリティ意識を向上させるための継続的な教育

前述した、勤務中や勤務以外においての事務所内などで個人のスマートフォンの利用を禁止することや許可されていないUSBなどの記憶媒体の利用を制限、印刷や外部へのメール送信の管理、パソコンへの不正ログインの防止など、情報セキュリティを高めるためにはパソコンやシステムなどの万全な対策が必要になります。

●顧客の引き抜き回避条項に対する同意の取得方法とタイミング

顧客の引き抜きを回避するための『顧客との取引禁止』や『顧客リスト持ち出し禁止』を規定しようとする場合には、就業規則と誓約書の両方で対応します。

就業規則に規定をのせて入社時に包括的な同意が取得できるため、全ての従業員が同意する点において有効です。一方で、従業員が自主的に就業規則を理解しようとすることは少ないため、いくら同意していてもその内容を知らなければ抑止効果になりません。

そのため、就業規則に規定を設けておくと同時に、各従業員から個別で取得する誓約書にも規定を設けておくことが最良です。誓約書であれば、自身の署名を行う前にその誓約内容を確認しようと、説明に対して理解しようとする意思が働きます。

また、誓約書であれば取得する機会を定期的かつ効率的なタイミングで設けられます。誓約書は情報避止義務などの誓約と共に入社時や退職時に取得します。

入社時にはこれから働く上での規則などを説明したうえで取得できます。退社時の誓約書の取得は、企業の管理・コントロールが効かなくなるタイミングでトラブルを回避する側面が強くなります。

退職時は、従業員が取得を拒否することもあります。しかし、そのような時には取得を拒否したこと自体ものちのちに引き抜きなどが発生・発覚した時には重要な事実になります。誓約を拒否したうえで、入社時の誓約内容を破ったことになるからです。

また、退職時に取得が難しくなることがあるので、昇進や昇格などの今までと異なる質の情報に触れる機会が発生した時に取得をするのも重要です。昇進や昇格時に会社ともめようとする従業員は少なく、会社の取り組みに理解を示すため問題なく取得ができます。

まとめ

フランチャイズの競業避止義務まとめ

フランチャイズ事業をする上で問題になることが多い競業避止義務と顧客の引き抜き対策について解説しました。

フランチャイズ事業はフランチャイズ本部が築き上げたビジネスノウハウや商品・サービスを基盤として加盟店が事業をしていくモデルです。そのため、フランチャイズビジネスは比較的やり方やノウハウが分かれば、誰でもできてしまう側面があります。だからこそ、営業秘密などの企業の利益を守るための競業避止義務や顧客の引き抜きについては、より厳格に守らなければいけない業界と言えます。

自らが競業避止義務や顧客の引き抜き禁止条項に違反しないようにすることは当然として、自身が始めたフランチャイズ事業や会社で情報漏えいや顧客の引き抜きにあわないよう、専門家の知識などを活用して適切な誓約書や規定を設けて継続的な対策を講じていくことが求められます。